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2012年3月25日日曜日

テレビなし。問題なし。

テレビのない生活を送りはじめて4ヶ月。
常時ラジオをつけているのに、周りが何だか静かになった気がする。
置いてあるだけで圧迫感を覚えていた自分には、テレビなぞつくづく不要なんざんしょ。

先日手に入れた中古のプロジェクタは気楽。
大画面で観たい時(案外無い)を選べるし、セットしたままでも邪魔じゃない大きさ。壁にそのまま映しているだけだから、画像は粗いんだろうけど、安いテレビで育ってきた自分には、ちょうど良い。

ニュースは英米メディアのサイトや、ときどき新聞を読む方がずっといいし、
スポーツはストリーミングサイトのおかげで見ることができるし、
唯一はNHKの芸能番組を観られないことくらいだか、それは図書館なり、生の寄席や劇場に足を運ぶか、ラジオの音で我慢すればよろし。

この頃はInter FMかけっぱなし。

2012年3月6日火曜日

お客様は神様です。への誤解

「(演者からすれば)お客様は(絶対者としての)神様です」
というのが本来の意味だそう。

三波先生が諸悪の根源だと思っていた自分も、言葉尻を真に受けている人々と同類ということでした。

「人間の心の置きどころが変れば、わからぬことがたくさん出てきます。」
それでもフォローを忘れぬ優しい先生。


お客様は神様ですについて:三波春夫hp → `link
お客様は神様です:三波春夫オフィシャルブログ → `1, 2 , 3

オリンピックイヤーのテーマ:東京五輪音頭 → `youtube

2011年6月13日月曜日

製麺所目録を投稿

とりわけラーメンや焼きそばは、スーパーの生麺より製麺所の麺で作った方が、断然おいしいと思っている。東上野~西浅草にかけて中華系の製麺所が集まっているため、ついでに合羽橋の本間商店やプロパックで、業務用のたれやスープを合わせて買ってくると、より高級な一杯になる(もちろん、合羽橋まで足を延ばすなら、蕎麦打ち道具や製麺機を買って自作するのが一番の正解かもしれないけれど)。ちなみに浅草駅地下街にある「福ちゃん」のあの太い焼きそばは、合羽橋の「ふじや」のものが近い。

2011年4月18日月曜日

私的目録 + 備忘録化

ブログではなく、日記でもなく、オンラインなメモ帳として使うことにした。
公開している理由も、記事の直リンとれるから、という自分のためのそれ。
まあ不十分極まりない怪しい、そして不完全なものばかりなんだから、どうこう言ったところで結局は自分だけのメモにしかなり得ないんだけれど。

そんな開き直りをゆるく宣言しておきます、一応。

2010年8月15日日曜日

感謝

朝起きる。日を浴びる。息を吸う。メシが食える。

ただなんとなく生きている日常にも、これだけ感謝できることがある。さらに、目が見える、足が動く、周りに挨拶する人がいる、なんてのを足してもいいかもしれない。感謝をする事は気持ちのいいことだと感じられるようになったのは、ごく最近のことだ。日常の細やかなことを慈しめば、日々が今まで以上に尊く思えるようになる。

ただ、この気持ちを常に持ち続けるのは、とても難しい。

2010年5月4日火曜日

大人になれなくて

先日の掃除中に出てきた「坊っちゃん」を読んだ。昔の(昭和30年代くらいまでの)人たちは自分の意見をはっきり意識し、大事にしている。それと共に、和を尊ぶ文化もきちんと両立させているのが偉い。“空気を読むこと”とはまるで違う。もっと有機的で積極的な“繋がり”が“和”なのである。

わたしは自己中じゃない、と思い込んでいる輩が空気を読めることに満足するのは勝手だが、他人にまで押し付けるのはただちに止めるべきだ。喧嘩もタブーな薄く細い関係になってしまった社会になんか、溶け込みたくはない。その労力はすべて、自分の周りの濃ゆい関係を結ぶことに注ぎたいと思うのである。

2009年2月15日日曜日

いざ夜の街へ


友人と六本木で待ち合わせ。それまで時間ができたので周辺を散策した。そういえば第二土曜ってEmmahouseだよな、と無駄な記憶を思い出してイエローへ行くと、静まりかえっている。鍵が開いていたから入ってみたものの、モヌケノカラ。薄暗いし、ちょっとした肝試し状態だ。後で聞いてみると移転ではなく閉店なんだそうな。その近くにあった雰囲気の良いバーもなくなっている。バニラも消えている。都会の変転もまた時間のように速いのか。かたや、オープンしたばかりらしい小金持ちの会員制サロンも見学した。見学ができることに感心、というか笑える。所持金1000円の学生(秘密)にご丁寧に店員皆さんのお名刺まで下さった。スーツ着てたからな。人は見かけだ、特に夜は。

2008年7月3日木曜日


新木場のもくもくに行ってきた。

いま幅が狭くて長さのある勉強机を作ろうとしていて、その天板になる材料を探している。ハンズを回ってシナ合板ってのがなにやら良さそうだと見当をつけたけれども、やっぱり切り出しの木材のがずっといい。耳(上の写真みたいなの*脚がダッサいけど)が残っているともっといい。もくもくで黙々と見ていると、ウォールナットに惹かれ、前記すべてを満たした材のお値段が、店員さん曰くお値打ちで、7万5千円。買えません。

京葉線の東京駅≒有楽町から地上に出て銀座ハンズへ。ここの素材コーナーで売っている“木のはがき”は、いろんな種類の木材が、程好いはがきサイズで並んでいるから、簡単に木材の特徴を見比べることができて、結構いい勉強になる。一句、あるいは一筆したためたり、風景を描いたり、味なはがきの想像だけはたくましく膨らむこの頃。ちなみに木のはがきは50円じゃ送れんのだそう。

Wood Shop もくもく
木のはがき スギ-ハンズネット
京葉線東京駅までの道のり-姫の沢わーくす

2008年7月1日火曜日

ジョージ・クルーニー風

ON / OFF

なにも考えずに美容室へ行ったもんだから“モテ髪デビュー”なる本を見させられる羽目になって、とりたててデビューしたいわけでも異性に髪型をアピールしたいわけでもない自分としては美容師さんのおまかせでいいかと思ったころ、ちょうどジョージクルーニーのオメガの広告をふと思い出したもんだからせっかくなのでよろしく頼んでみた。おかげで頭はさっぱりジョージ風になったのだけれど、「いまのキムタクみたいな感じで」とむかし床屋の隣の席で注文していた人と同類になったことに気づくとなぜか残念な心持ちになり、気分までさっぱり!とはいかないのでありました。


cf. ローズマリー・クルーニー
~かわいかった頃は右分け

Rosemary Clooney - Mambo Italiano

2008年6月9日月曜日

秋葉原通り魔事件

こんな凄惨な事件が、あまりに身近なところで起きたことが衝撃だった。

発生から一時間後くらいにたまたま現場を通った。自転車で有楽町に向かい中央通を南下していたのだ。異変は末広町で気づいた。はじめは昔のヤマギワのような大きい火事だと思った。交差点に近づいてみると溢れんばかりの人だかりで、立ち入り禁止のテープが張られている。野次馬たちを見ると中心はこの交差点に違いない。

おかしいと思って近くの人に聞いてみると、通り魔が通行人を刺したらしいと言う。家に帰るまでその全容は知らなかったが、それを聞いて、その場にいる野次馬たちの、デジカメや携帯で写真を撮る行為が腹立たしく思えてきた。火事ならわからないでもない。しかし実際に亡くなった人も出た事件現場を写して何になるの?

「こんなに緊急車両が集まってんの初めて見た」と言いながら、携帯を構える同じ年頃の奴もいた。一瞬胸ぐら掴もうかと思ったが、すぐに思いとどまる。とどまざるを得ないくらい、周りが(万世橋の上でさえ)、皆々が携帯をかざしていた。本当に多かった。

不謹慎だとか、倫理観がどうだとか、そんな言葉を出す以前の問題でしょ。という考えは、同じ一般的な日本人と必ずしも共有しているものではなく、むしろ個人的な、おれの独りよがりな考えに過ぎなかったのだろうか。圧倒的多数の相手を前にすると、そうとしか思えなくなってくる。つい今まで自明だと思っていた一定の決まりや秩序が実は通用しない(あるいは存在しない)のだ。そう思うと今回の凶悪犯のみならず、周りにいる人間たちさえも恐ろしくなってくる。電車内のモラルの話だって、おれの知らないところに別のルールがあって、単にあれは自分の思い込みを押し付けていただけだったのかもしれないし。

NHKのニュースでも野次馬が携帯で撮った写真を使っていた。別に変わったことではない。今までも確かにそうだったのだんだろう。でもこの動揺っぷりったらない。

世界を見る目がずいぶんと変わった。

2008年6月5日木曜日

学んでみたい検定&資格

・日本語検定 ~HP
・日本茶インストラクター ~協会HP
・ウイスキーコニサー ~スコッチ文化研究所
・カラーコーディネーター ~東商検定HP

資格はいらないが、相応の知識は持っておきたい。

2008年5月19日月曜日

日常から考える資本主義の弊害


Japanese People Work Too Hard-Damn Funny Pictures

このごろ電車に乗ることがますます億劫になってきた。だから極力、徒歩や自転車やバイクで移動するようにしている。でも雨の日や遠距離はさすがに電車で済ませたい。それに道路上だって感じることは電車のときと同じ。つまり、人々の考え・行動が過度に自己中心的で、それが嫌でしようがないのである。

・電車から降りている人がいるのにずんずんと乗り込む人
・上り下り/○側通行が明示されている階段や通路を平気で無視する人
・傘を斜め後ろ(下)に向けて階段をあがる人
・狭い通路やホームなどで横に広がる集団
・電車内で電話、音漏れヘッドホン
・脚伸ばし、脚おっ広げ

挙げればまだまだキリがない。ただ、根底で共通しているのは「自分さえよければ」。これに尽きる。そして「みんな急いでる」事もそれに連なる大きな要因の一つだろう。

しばらく地方にいて東京に帰ってくると、まず人の歩く速さに驚く。自分は以前、一日もすればその流れに慣れていたけれど、最近はそうもいかなくなってきた。中心部の電車はたいてい5分前後で次の電車が来るし、朝の通勤時なんか2・3分で来る。それでも駆け込む人たち。その何分間でさえ無駄にできないほど忙しいのかと思う。

ここで今日の仰々しいタイトルにつながるわけ。仮にそれほど忙しく、まさに分刻みでやる事があるとするなら、それはまさに生産性向上の追及の極地と考えることができる。そうではない、その何分で、ぼーっとしたり休んだりゆとりの時間を持ちたいのだ、というのも上に同じだろう。

横に並んでだらだらと歩く若者たち、駅を走り回る子供たちについても考えてみる。これは親のしつけに因るところが一番だ。共働きで子供と電車に乗る機会なんてほとんどない。それが理由ならまさに資本…とまあこれはコジツケだとしても、近頃はその親ですら「ベビーカーを押してるから特別なんだ」とばかりの態度を見せる人も多い。先が思いやられるのは確かだ。

積もった不満が多いらしくグチも止まらないのだけれど、要は周りのことを考える余裕がないほど自分のことに精一杯、または自分に(のみ)合理的に行動せんとする無意識は資本主義の弊害なのでは、と考えたのである。上の写真のように疲れきった人をよく目にするところなんかもさ。

ここで提案。と結局は、相手のことを考える余裕をもとう!に集約されるわけだが、たとえば乗車するとき、こうすれば誰も嫌な思いはしないんじゃない。と考えられる意見をいくつか

・降りる人が先。基本中の基本。
 降りる側も押さない程度にさっさと降りる。
 降り遅れても乗ってくる人を押しのけずに詫びをいって通してもらう。
・乗り込む人は、なるべく電車に沿う。
 特に階段付近は降りた人が通れるスペースを最大限つくってやる。
・ドアの両端は少し空けておく。
 降りる人を通すためにドア際の人が一旦降りきたとき用。
・原則先着順で乗り込む。先に待っていた人から。
・老人、障害者、何やら大変そうな荷物を持ってる人など、先に譲るべきだと思った人がいた場合はこの限りではない。紳士は女性を先に。
 自分の後ろで待っている人がいれば、譲るのは一人が限度だろう。
 もちろん譲られたと察知したらできるだけ早く乗り込む。
・満員電車に乗り込むときはドア際の人に軽く一礼を。
 押し込みゃ入りそうだ、などと考えてはいけない。
 そんな時は次の電車、どうしてもなら「すいません」くらい言おう

電車乗車時のマナー?いや、そんな当たり前のこと…な方がたくさんいらっしゃれば嬉しいんですけど。仕事/式典/レストランでのマナーを知る前に、まずは日常のマナーじゃないっすかね

2007年10月26日金曜日

プロ意識

自分の名を出さない場合でも生業としているものには手を抜かない、抜けない“職人”のイメージを、“プロフェッショナル”にも重ねて抱いていたのは間違いだったみたいだ。表に出ない存在だからこその拘りは現代では流行らないのか。そんなことを亀田長男の会見を見ていて思った。

2007年10月23日火曜日

2007年9月19日水曜日

最近下ばかり見ている理由

地震がきたら間違いなく倒れるロフトベッドを解体して、溢れる家具やモノを部屋内で移動させながら厚みの無くなったカーペットを先日なんとか引き抜くことができたのだが、それによって下からあらわになった畳がボロボロのためここ何日かラグマットを探し回っている。今日はサンゲツのショールームまで出かけてみるも目に付くものは値段で門前払い。さて次はどこへ行けばよいのかと考えながら帰っていると、全日空ホテルにドデカいロールスロイスが入っていくのを目にして、ハッとこの消費社会の底なし具合が途方もなく感じられ、またその社会の善良な一市民としてこうして行動している自分にとても萎えた。

2007年9月18日火曜日

他に応用できそうでできないところがイイ


きざみ海苔ができます!秘密を守りきります!
9枚刃はさみシュレッダー

利便を追求する中であっても飽くまで“手動”を捨てないモノに私たちは親しみを感じ、またそうした感覚を持っている間は、人間が機械に支配されることはないんじゃないか。と自分はそう願いたいわけです

アーネスト株式会社

2007年9月14日金曜日

帰宅



旅に出ると口実をしてバイトを辞めたくせに、結局いつも通りのだらぶらな生活を送って約一ヶ月過ごしてしまった。ヒッチハイク、バイク、自転車、その気になれば行けない事はなかったはずだ。来年こそは行こう。

2007年7月30日月曜日

うなぎの日

今日は土用の丑の日だそうで、神楽坂の翁庵の前では鰻弁当を販売していた。

そもそも土用って?広辞苑で調べてみる。

【土用】暦法で、立夏の前十八日を春の土用、立秋の前十八日を夏の土用、立冬の前十八日を亜秋の土用、立春の前十八日を冬の土用といい、その初めの日を土用の入りという。普通には夏の土用をさしていう。

また、

【丑の日】十二支の丑にあたる日。夏の土用の丑の日には夏やせの薬に鰻の蒲焼を食い、また、灸をすえる。寒の丑の日には丑紅を売る。

とある。確かに夏バテには鰻とよく聞くけれど、今年の梅雨はまだ明けてないし、昨今の中国産鰻の問題等、いろいろと昔みたいにはいかなくなってる感じだ。でも、たまにはちょっと贅沢してみんなで鰻を食べる日って結構オツである。しみじみと一人で鰻を食らってその旨さにうっとり、または同僚と、友達と、家族と、恋人とひと時の団らん。嫌いな人は別に食べなくたっていいし、甘いのが好きならうなぎパイでもいい。そこら辺は今風に自由な感じで。

クリスマスやバレンタインだとその日に行事がないのは悪いかのような調子なのに、日本の行事は初詣と祭り以外はいいとこ「風流だね~」とかそんなもん。「悪ぃ、今日彼女と鰻だから」なんてカッケーなーと思うのはおれだけか。

こんな事を考えつつ、帰りに吉野家でうな丼を食べたのだった。


ps. 中国産x2って五月蝿い奴らが吉野家にいた。まさか中国の全ての鰻業者が抗菌剤を入れてる訳ではないだろう、でもマスコミはそうした細かい問題までは扱わない(多くのばあい体制側の批判に移る)。だからマスコミの大々的な報道の後に残されるのは、中国の鰻全て=絶対悪のような構図。おれも中国人のモラルの低さは大嫌いだ(もちろん全ての人じゃないし、これもつくられたイメージかもしれない)が、こういうマスコミの無責任さも大嫌いだ。
ps2.冬にも丑の日イベントがあるとは知らなかったな

2007年7月27日金曜日

ヒーガシがセーブでニーシトーブ~♪


帰りに池袋の西武に寄る。三越=伊勢丹の提携や地下鉄新線の影響もあり今や百貨店の争いが熾烈を極めているようで、ここ西武も部分的な工事やリニューアルが目に付いた。

ちなみにテレビで話題になっていたのは逆側(西)の東武百貨店で、こちらは「昭和(昔ながら)の百貨店」をコンセプトにしているとの事。新宿の高島屋や銀座の三越ならわからなくも無いが、池袋に流行の“高級感”は似合わないだろう。

Lanvin Parisのメンズラインを元ディオールのデザイナーが手がけることになったそう。言われてみれば、袖が細めのジャケットだったり、襟が小さめのシャツだったり、オン・ブルーにもディオールの影響が感じられるような。と曖昧な供述。

そのまま西武内のリブロに行くと、松岡正剛氏の講演会のチラシを発見する。8/5(日)はまだテスト期間なんだが…申し込んでしまった。しかも費用千円。金払ってまで本当に見る気あるのか自分。最近はただただテスト勉強から逃れようと必死なのかもしれない。昨日のギャルの教えを見事に一日で覆してしまった。

「編集工学」を掲げている彼に、先日感じた本の美学や、活字のページデザインに関する話も聞けるかな、という淡い期待が一つ。

きっといい話が聞けるはずだ!と信じて今はただ勉強に励もう


LANVIN Paris
LANVIN Collection
LANVIN en bleu
LANVIN: Spring 2008 from Paris (Men's Style.com)

松岡正剛 千夜千冊 遊蕩編
『ちょと本気な 千夜千冊 虎の巻』刊行記念講演会
編集工学研究所

2007年7月26日木曜日

私は夢見るシャンソンにんぎヨ~


先日CDを整理していたらフランスギャルのベストが出てきた。彼女はどの曲も一生懸命にひたむきに歌っている。唄は不安定だし、個人的に魅力もあまり感じないのだが(ん、手放すべきか?)、そのひたむきに打ち込む姿勢は見習わないと。って何の話だ。
ところでSWITCHで知ったガッキーは今かなり有名な人らしい。CMを筆頭にあれからいろんな所で目にするようになった。というか、それじゃ今までも目にしていたはずだよなあ、何で知らなかったんだろう。